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2026年1月7日水曜日

【JT】サワ座→わくわく団らん

 とっくにアップしていると思って確認したらまだだったジョイフルトレインネタがあったので披露します。

1987年位の春先、品川駅の臨時ホームに見たことがない色の客車が止まっているのを見かけ、同伴していた親からコンパクトカメラを借りて写真を撮りました。
この白い12系は、しばらく後に金沢運転所のお座敷客車(=サワ座)と判りました。年に何度か石川県から米原回りで上京する団臨が設定されていたので、その復路発車前だったと思われます。
一番上の写真の奥には新製直後で公式試運転中らしき山手線用205系が見えるのも時代を感じます。

1990年(平2)9月30日、同じパターンでEF65 111の牽引で東海道を下るサワ座。
米原で機関車交換するのでJR東海のEF65が先頭に立っっていた訳です。

のちにこのサワ座は緩急車を展望室付きにするなどの大がかりなリニューアルを施し“わくわく団らん”という愛称名が付きました。
1994年8月11日、上越線回りで上京してきた“わくわく団らん”と、、、※ブレブレご容赦ください

その折り返し推進回送
推進回送に対応できない客車の場合は上野から尾久まで迎えの機関車が来てプシュプルで引き上げるのですが、これはちゃんと展望室内に対応設備(可搬式のブレーキ弁装置をつなぐ空気配管的なもの)があった模様。
首都圏から離れた金沢の車両なのに推回に対応していたのが意外でした。

このわくわく団らんを名乗っていた頃の方が見かける機会が少なく、やがて引退したのでした。

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2025年6月18日水曜日

お座敷客車“江戸”【JT】

 いくらか写真が発掘できたので、今回はジョイフルトレインの江戸についてしたためます。

1986年のデビューし、途中品川客車区→尾久区に所属が変わっても一貫して品川客車区に常駐しており、時刻表に載るような臨時列車(多客臨)に起用される事も多いので乗ろうと思えば比較的乗りやすい編成でした。
その一つが1月1日に運転されていた「熱海初日の出」号。往路は夜明け前に品川を発車して根府川駅で停車中に車内から初日の出鑑賞をして終点は熱海という列車ですが、その折り返しも日中に熱海から品川まで営業運転、しかも快速扱いなのでグリーン指定席きっぷだけ奮発すればジョイフルトレインに気軽に乗れるため、初日の出に興味の無いワタシも一人で乗ったことがあります。
1992年1月1日、始発駅の熱海にヘッドマークを付けたEF58 61の牽引で江戸が入線。
わくわくしながら乗車します。

ピンボケですが車内はこんな感じ。欄間が良い味出してますが外は見づらい…

機関車側の展望室。ロクイチと向き合うステキなシチュエーションですが、グループで独占している感じで入りづらい雰囲気でしたのでこの写真だけ取って退散。

終点の品川に到着

乗客を降ろすと客車区に引き上げていきました。

月日は流れ、EF64 1001とEF58 61とのプッシュプルでのさよなら運転をもって現役を引退。14年間の活躍に幕を閉じます。 ↑は2000年(平12)3月31日、新鶴見(信)で撮影

↑オロ12 850ほか(2000年10月)
中間車は大宮構内でしばらく留置されていましたが、やがて全車解体されました。

引退から25年も経つのですから、もう若い鉄道ファンの皆さんにとっては生まれる前の話になりますね。
こういった客車ジョイフルトレインが何本も走っていた時代があったんです。

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2025年6月1日日曜日

シュプール蔵王号乗車の記録【1992】

ちょうどピクトリアル誌の最新号が583系特集ですので、同系にまつわる思い出をひとつ。

スキーブーム真っ只中だった1992年(平4)3月、親戚一同で山形在住の親類を訪ねがてら蔵王にスキーに行こうという話になり、各自車で向かう事になりました。
ところが当時中学生だったワタシはどうしても電車で行きたいと駄々をこねました。
↑今にして思うと恥ずかしい話です…
その話を聞いた伯父(鉄ではない人)が「いいよ付き合うよ」と言ってくれ、切符の手配も任せてもらえたので嬉々としてシュプール号の指定を2人分取ってきたのでした。

当時のシュプール号は格安な代わりに降車駅からのスキーバスのチケットとともに往復でまとめて買わなくてはならないルールでしたので、純粋な鉄道旅行には向かないシロモノでして、乗り鉄の方で乗ったという話は案外聞きません。
そんななかうまいことやった(笑)ワタシは新宿で叔父と落ち合って583系のシュプール蔵王号の最後尾車=クハネ583-15に乗り込みました。
その新宿で停車中の3/26発「シュプール蔵王」
クハネ583-15

確か3段寝台のうちの中段だったと思いますが、自分のベッドで横になり、翌朝仙山線内のどこか知らない雪景色の小駅で運転停車しているのをのぞき窓から見たことを覚えています。

↑蔵王ロープウェイの駅で押したスタンプ。頂上付近では名物の樹氷を見れました

旅程は1泊目(車中泊を除く)が山形蔵王、2泊目が白石蔵王側の遠刈田(とおがった)温泉で、その間は車で移動。遠刈田に着いたときまた別の伯父が「いやぁ~ とおかった とおかった」とつぶやいたのが印象に残っていますが😓 、それはさておき帰りは仙台まで送ってもらって行きと同じ叔父に同行してもらってシュプール号に乗るためだけに(列車の性格上仙台からの乗車は認められていなかったのです)山形駅にトンボ返り。

その時乗った仙山線は、
クモハ457-11+モハ456-11+クハ455-402(3両ともグリーンライナー色)
だったというメモはありますが、あいにく写真を撮っていません。
クハなんぞそこそこの珍車だったのにちょっと残念。。。

山形からは“リゾートエクスプレスゆう”使用の「シュプールゆう蔵王」を狙って指定を取ってあったのです。
山形停車中に撮った先頭車クロ484-2の運転台

中間のサロ485-1、窓のある部分に座席があってその下はフリースペースでした

ほとんど運転台後ろのフリースペースに座って黙って進行方向を見ていながら、終点の上野にはその日の夜に到着。
上野で降車後に撮った同編成

伯父もよくもまぁ興味ないであろう強行軍に付き合ってもらえたもので、そのおかげで後にも先にもこのとき限りのシュプール号乗車という貴重な体験をできたので感謝しかありません。

その伯父は10年近く前に天寿を全うしました。
もしワタシの息子か誰かが将来似たようなことを言い出したら、黙って付き合ってあげることがささやかな伯父への恩返しになるかなぁ…

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2024年11月2日土曜日

「急行いず物語号」送り込み回送【2012】

 前回はばんえつ物語編成による“みなかみ物語号”をアップしましたが、そういえば2012年にも遠征してきた同編成を撮ったなぁ…と思い出したので今回はそちらです。
2012年3月3日の朝、EF60 19の牽引で新鶴見に到着するばん物客車

同信号所の真ん中らへんに停まると最後尾のEF64が前照灯を点灯
武蔵野貨物線経由で送り込まれてきた同編成は出発地の東京駅に向かうためここでエンド交換。信号所の真ん中あたりの線なら折り返し運転に対応している様です。

EF210-162牽引のコンテナ列車を先行させ…

EF64 1031を先頭に東京に向かって発車していくいず物語号
この頃のばん物客車は紺とクリーム色のツートンでしたので国鉄標準色のELと調和してきれいに整った編成ですね。

その日ワタシは出勤前にこの回送だけ撮ったのですが、今はそんな元気ありません(笑)。
この2年後には今度はEF65 501+24系のリバイバル富士号が東海道を走りましたが、その時はちょうど仕事が入っていたうえ、「どうせ金帯と白帯の客車がごちゃ混ぜな微妙な編成だろう」と思ったので有給も取りませんでした。
しかし実際には客車を白帯で統一するという気合の入った編成だったそうで、それなら一目見に行きたかったなぁ・・・とちょっと悔しい思いをしたものです。

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2024年10月31日木曜日

渋川駅の貨物側線とみなかみ物語号【2002】

唐突にアップし忘れていたちょっと昔のネタをひとつ。 
2002年1月、青春18きっぷでネタ列車と貨物スポットを求めて上越線に繰り出しました。
その貨物スポットの渋川に着きました。まず駅をまたく跨線橋から一枚

駅の裏手に回ると、道路を渡って貨物専用線が伸びていて…

反対側はタンク車の小ヤード。
これが関東電化工業(株)渋川工場の引込線で、積荷の化学薬品を出し入れしていたのでしょう。
ネット地図で見てみたら現在は線路がすっかりなくなっているようです。

角度を変えて留置されているタンク車を撮った一枚。
画像を拡大するとカセイソーダ液車(タキ2600)1両とトリクロールエチレン専用車(タキ200?)が2両。現役だったかどうかはわかりかねます。
当時はこんな化学薬品系のタンク車を眺めるのが好きだったので関東県内をよく遠出したものです(でもあまり詳しくないですよ)。

構内のはずれにも結構な数のタンク車が留置されていましたが、まともな写真が撮れる場所が見つけられなかったので塀越しに一枚。

構内には塩トラの後釜である塩コンテナ積みコキも停まってます。
積み荷はおそらく駅南側の大同特殊鋼㈱で消費する工業塩だと思いますが、敷地外からその工場引込線が見えなかったのでよくわかりません(笑)。

このあと八ッ場ダム建設前の旧線時代の吾妻線を攻めて川原湯温泉まで行って帰ると、
もう一つの目当て「EL&SLみなかみ物語」号が到着
普段ばんえつ物語号として磐越西線を走る12系がみなかみ号としてやってくるというので楽しみだったんです。

停車中の光景
ホームの駅名票とか“大清水”ブランドの自動販売機とか20年以上経つと懐かしさがありますね
そして発車!
牽引機のD51 498がもうもうと煙を上げて加速。
普電の115系が接近していたので線路から離れますが
速度が遅かったので普電が抜けた後にも1枚撮れました。

後続電車を乗り継いで終点の上野まで来ると、高架ホームにまだ止まっていました。

この日の高崎~上野間の牽引機はレインボー機のEF81 95
今は絶滅寸前のこういうネタ列車がまだ結構走っていた時代でした。

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2024年5月4日土曜日

羽越本線・鶴岡辺りにて【1993】

1か月ほど前に家のパソコンを買い替えまして、 それにともなってブログ等に写真を上げるのに使っている画像編集ソフトも新しいものにしました。
そのソフトに変色した古いフィルム写真の画像を自動で修復する機能が付いており、その機能を使って古い画像を修復してみると色合いが蘇るのが嬉しくなって、アップ済みのブログの画像を差し替えたりもしているところです。

中には変色してブログにアップするのをためらっていた写真もあったのですが、ある程度鑑賞に耐えられるものになってきたので、今回はそういう1ネタをアップします。

1993年₍平5₎1月、日本海側の雪景色の写真を撮りたくなったのか快速ムーンライトと鈍行の乗り継ぎで羽越本線の北余目~砂越間にかかる最上川橋梁の付近を散策しました。
新潟色のキハ58系4両。撮影メモによると「急行 庄内」とのこと
この頃はまだキハ58による急行がいくらかは走っていたものです。

こちらはキハ47の普通列車


東北色キハ40+キハ58+国鉄色キハ28のこの3両編成は陸羽西線の快速でしょうか

国鉄色485系6両の「いなほ」

橋を渡って北余目側に写り、鳥海山をバックに撮影したジョイフルトレイン“シルフィード”
のちの2015年12月に痛ましい脱線事故が起きたのはこのあたりの様です。

その後酒田の蔵めぐりをしていた母と合流して出羽三山神社に立ち寄った後…

鶴岡に戻ってひとりで新潟方の田んぼ付近で列車撮影
ブレてますがヒサシ付きEF81牽引の50系
当時はごくありふれた鈍行列車でした。

通過していくカヌ座の団臨
鶴岡駅の発車案内に団体列車と出ていたので慌てて線路端に繰り出して待ち構えたらこれが来たのでした。

上の写真を撮った辺りはもしかしたらかつての庄内交通湯の浜線が羽越線から離れていく箇所かもしれませんが当然その痕跡はありません。
鶴岡の周辺観光案内の中に善宝寺鉄道記念館という施設名が目に入っていたものの、現地調達した漫画本を待合室で読みふけってしまい、足を運ぶ機会を逸してしまった事は後悔しきりです。その湯の浜電車を記念したその施設は1999年に閉館し、保存されていたモハ3号車を見る唯一の機会をみすみす逃してしまったのですから。。。
風のうわさでは記念館の建物は解体され、モハ3は朽ち果てた状態で残っているらしいですが、残念ながら解体は時間の問題でしょうね

その後夜まで時間をつぶした後、村上からまたムーンライト号で帰宅の途についたのでした
村上で撮った写真↑
写っているEF81 143牽引のレッドトレインから165系ムーンライトへの乗り換えでした

真冬の曇りの日とはいえどれもひどい写真でしょう?
これでも色合いがずいぶん修復できた方で、当のワタシにとっては当時の思い出が鮮明によみがえる思いです。

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