2016年7月23日土曜日

「ムーミン」EF55 1とてっぱく

巷ではポケモンGOの話題だらけですが、昭和61年夏に「EF GO GO号」という列車名で華々しく復活したこEF55 1に会いに、今さらながら鉄道博物館まで行って来ました。

二階から

一階に降りて接近
2エンド側デッキ
触ってみたら解放テコとジャンパ栓は結束バンドで固定されていました。
 まぁ当然ですよね(^^;)

ゆるーい流線形

1エンド側連結器
デビューしてしばらくは連結器を格納していたようですが、どうやら胴受を外すと90°下に向きを変えられる構造の様です。

車内に裸電球が灯って良い雰囲気でした。

実質片運転台のためゴハチほど自由に走れず、復活後もっはら上越・高崎線限定だったこの電機は現役を退いてここてっぱく入りしたわけですが 復活以降もちろんワタシも撮影に行ったものです。その時の写真を出すと長くなるのでまた改めるとします。。。

2階では30,000人の写真展「鉄道のある風景」の写真を展示していました(7/31まで)
著作権上撮影はできませんが、なるほどな~とつぶやきたくなる写真が多かったです。



ところで、今はとなってはもう昔の話ですが、この大宮の鉄道博物館建設の言い出しっぺはロングおじさんこと故・吉村光夫氏でした。その内容がなかなか面白いのでほぼそのまま引用します↓
 (大宮工場保管の青大将色EF58 93の体験運転を終えて) 地元大宮市長の○○さんも車両保存には熱心な方で、市の中に委員会を作り調査費も計上し、目下鉄道公園の場所を物色中で、大宮駅西口にするか、見沼公園にするか、新幹線の高架下にするか決まっていないそうだが、私は大宮工場と線路が直結できる高架下がいいと思う。 
 西ドイツのニュールンベルク交通博物館は館内から庭にレールが伸び、通りを横断して駅と結ばれていた。~中略~これが1985年の鉄道150周年に際し、陳列車両の整備、塗替えに大いに役立ったということである。
 我々も負けてはいられない。経済大国日本を文化大国日本にしようではないか。高架の上は複々線の新幹線。下は新幹線を育みそだてた日本の代表的車両の展示場、こんな公園ができたら、世界の人々はびっくりするのではなかろうか。 
 国鉄だけではなく、民鉄の車両も全員集合だ。国電の元祖ハニフ様も松本からお呼びしようではないか。緑のゴハチの走る線路も確保したいね。もちろん運転するのは君だ。いゃー、夢がふくらんできたぞー。日本近代化のリーダーをつとめて来た鉄道、そのレールの上で活躍した機関車・電車は貴重な文化財だ。よく吟味して価値あるものを美しい姿で後世に残していこう。(鉄道ファン1986年1月号より引用)
・・・で、ハニフも晴れて仲間入りし、体験運転場こそないものの21世紀にほぼ実現したわけです。どの程度吉村氏が関与したかはワタシにとって知る由もないものの形になったのはスゲェ話だ! といったことをこの地に足を運ぶたび思ってしまうのでした。

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