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2025年6月1日日曜日

シュプール蔵王号乗車の記録【1992】

ちょうどピクトリアル誌の最新号が583系特集ですので、同系にまつわる思い出をひとつ。

スキーブーム真っ只中だった1992年(平4)3月、親戚一同で山形在住の親類を訪ねがてら蔵王にスキーに行こうという話になり、各自車で向かう事になりました。
ところが当時中学生だったワタシはどうしても電車で行きたいと駄々をこねました。
↑今にして思うと恥ずかしい話です…
その話を聞いた伯父(鉄ではない人)が「いいよ付き合うよ」と言ってくれ、切符の手配も任せてもらえたので嬉々としてシュプール号の指定を2人分取ってきたのでした。

当時のシュプール号は格安な代わりに降車駅からのスキーバスのチケットとともに往復でまとめて買わなくてはならないルールでしたので、純粋な鉄道旅行には向かないシロモノでして、乗り鉄の方で乗ったという話は案外聞きません。
そんななかうまいことやった(笑)ワタシは新宿で叔父と落ち合って583系のシュプール蔵王号の最後尾車=クハネ583-15に乗り込みました。
その新宿で停車中の3/26発「シュプール蔵王」
クハネ583-15

確か3段寝台のうちの中段だったと思いますが、自分のベッドで横になり、翌朝仙山線内のどこか知らない雪景色の小駅で運転停車しているのをのぞき窓から見たことを覚えています。

↑蔵王ロープウェイの駅で押したスタンプ。頂上付近では名物の樹氷を見れました

旅程は1泊目(車中泊を除く)が山形蔵王、2泊目が白石蔵王側の遠刈田(とおがった)温泉で、その間は車で移動。遠刈田に着いたときまた別の伯父が「いやぁ~ とおかった とおかった」とつぶやいたのが印象に残っていますが😓 、それはさておき帰りは仙台まで送ってもらって行きと同じ叔父に同行してもらってシュプール号に乗るためだけに(列車の性格上仙台からの乗車は認められていなかったのです)山形駅にトンボ返り。

その時乗った仙山線は、
クモハ457-11+モハ456-11+クハ455-402(3両ともグリーンライナー色)
だったというメモはありますが、あいにく写真を撮っていません。
クハなんぞそこそこの珍車だったのにちょっと残念。。。

山形からは“リゾートエクスプレスゆう”使用の「シュプールゆう蔵王」を狙って指定を取ってあったのです。
山形停車中に撮った先頭車クロ484-2の運転台

中間のサロ485-1、窓のある部分に座席があってその下はフリースペースでした

ほとんど運転台後ろのフリースペースに座って黙って進行方向を見ていながら、終点の上野にはその日の夜に到着。
上野で降車後に撮った同編成

伯父もよくもまぁ興味ないであろう強行軍に付き合ってもらえたもので、そのおかげで後にも先にもこのとき限りのシュプール号乗車という貴重な体験をできたので感謝しかありません。

その伯父は10年近く前に天寿を全うしました。
もしワタシの息子か誰かが将来似たようなことを言い出したら、黙って付き合ってあげることがささやかな伯父への恩返しになるかなぁ…

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2024年5月4日土曜日

羽越本線・鶴岡辺りにて【1993】

1か月ほど前に家のパソコンを買い替えまして、 それにともなってブログ等に写真を上げるのに使っている画像編集ソフトも新しいものにしました。
そのソフトに変色した古いフィルム写真の画像を自動で修復する機能が付いており、その機能を使って古い画像を修復してみると色合いが蘇るのが嬉しくなって、アップ済みのブログの画像を差し替えたりもしているところです。

中には変色してブログにアップするのをためらっていた写真もあったのですが、ある程度鑑賞に耐えられるものになってきたので、今回はそういう1ネタをアップします。

1993年₍平5₎1月、日本海側の雪景色の写真を撮りたくなったのか快速ムーンライトと鈍行の乗り継ぎで羽越本線の北余目~砂越間にかかる最上川橋梁の付近を散策しました。
新潟色のキハ58系4両。撮影メモによると「急行 庄内」とのこと
この頃はまだキハ58による急行がいくらかは走っていたものです。

こちらはキハ47の普通列車


東北色キハ40+キハ58+国鉄色キハ28のこの3両編成は陸羽西線の快速でしょうか

国鉄色485系6両の「いなほ」

橋を渡って北余目側に写り、鳥海山をバックに撮影したジョイフルトレイン“シルフィード”
のちの2015年12月に痛ましい脱線事故が起きたのはこのあたりの様です。

その後酒田の蔵めぐりをしていた母と合流して出羽三山神社に立ち寄った後…

鶴岡に戻ってひとりで新潟方の田んぼ付近で列車撮影
ブレてますがヒサシ付きEF81牽引の50系
当時はごくありふれた鈍行列車でした。

通過していくカヌ座の団臨
鶴岡駅の発車案内に団体列車と出ていたので慌てて線路端に繰り出して待ち構えたらこれが来たのでした。

上の写真を撮った辺りはもしかしたらかつての庄内交通湯の浜線が羽越線から離れていく箇所かもしれませんが当然その痕跡はありません。
鶴岡の周辺観光案内の中に善宝寺鉄道記念館という施設名が目に入っていたものの、現地調達した漫画本を待合室で読みふけってしまい、足を運ぶ機会を逸してしまった事は後悔しきりです。その湯の浜電車を記念したその施設は1999年に閉館し、保存されていたモハ3号車を見る唯一の機会をみすみす逃してしまったのですから。。。
風のうわさでは記念館の建物は解体され、モハ3は朽ち果てた状態で残っているらしいですが、残念ながら解体は時間の問題でしょうね

その後夜まで時間をつぶした後、村上からまたムーンライト号で帰宅の途についたのでした
村上で撮った写真↑
写っているEF81 143牽引のレッドトレインから165系ムーンライトへの乗り換えでした

真冬の曇りの日とはいえどれもひどい写真でしょう?
これでも色合いがずいぶん修復できた方で、当のワタシにとっては当時の思い出が鮮明によみがえる思いです。

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2020年10月18日日曜日

【ブラちどり】山形交通保存車巡り~三山線編~

↑三山広場にて

前回の山形交通廃線跡探索の続きです。
高畠を後にして719系普通列車で山形に移動。

駅前でレンタカーを借りてここからは車移動
・・・なのですがいきなり寄り道。
駅北側の霞城公園(山形城址)の東大手門橋でちょっと列車の撮影
この付近で撮られたらしき写真を雑誌で見た覚えがあったので寄ってみました。

仙台行きE721系仙山線

キハ101-11単行のよくわからない下り回送
新幹線が通らなかったのはちょっと残念ですが1つ前の構図の方が良さそうですね。

30分ほどで霞城公園を離脱してまずは羽前高松へ。
本当は列車で行きたかったのですが左沢線の本数が少ないため山形から車にしました。
30分ほど車を走らせ到着した羽前高松駅。こぢんまりとしつつも寺社風な駅舎です。

その傍らに建つ石碑が山形交通三山線の起点であったことを今に伝えます

羽前高松駅から移動し、国道112号線から少し外れた用水路脇にポツンとある“三山広場”

三山線があったことを伝える説明書き

このガーター橋と橋台は当時のままなのでしょうか?
レールも橋梁も細いものですね。

脇にあった小さい石碑は文面がよく読めませんでした。

用水路向かいの送電鉄塔の建つ敷地がどうやら三山線の新田(しんでん)駅跡の様です

その後寒河江川に架かる鉄道橋の再利用らしき橋梁を横目に見つつ112号線を間沢方面へ
途中線路跡っぽい雰囲気の道幅の細い道を横目に気にしつつ“月山の酒蔵資料館”に到着
駐車場の少し先に三山線名物だった小型木造電車モハ103があるのですが、ご覧の通り足場を組まれてほとんど見えない状態…😖
改修作業なのか「かいしゅう」って書いてありました
↑じゃなくって海味(かいしゅう)駅跡にほど近い所だからでしょう

よく見ると前面窓まわりがだいぶ腐食している様子
直されると良いのですが…

別角度から
1926年(大15)開業時に製造された9m足らずの小型電車
木造車ですから姿をとどめているだけ奇跡的な存在といえるでしょう。
駐車場わきに売店もあったのですが閉館(16:30)間際で人気が無く、話を伺うこともできずにそそくさと退散しました。

寒河江市内の夕焼け↓
クルマの返却時間も迫っていたので山形駅に引き返したのですが、車でもけっこうな距離がある事を痛感。三山線現役の頃でも訪ねるのは大変だったのでしょうね。

延長料金を取られることなく無事レンタカーを返却。上りのつばさで帰京したのでした。

今回の三山線も高畠線も、古い鉄道ファン誌で現役の頃の訪問記を見て以来ずっと気になっていたものの、三山線のモハ103をじっくり観察できなかったのが無念です。
出来ることなら再チャレンジしたいものです。
参考資料:RM Library78 山形交通三山線
鉄道ファン 1982-8


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2020年10月16日金曜日

【ブラちどり(笑)】山形交通保存車巡り~高畠編~

 コロナ禍のためステイホームしている間RM libraryを読みあさっていたら、廃止された山形の私鉄の痕跡を無性に確かめたくなり、東京都の外出自粛要請が解除されたところで駆け足で訪ねて参りました("`д´)ゞ

 第一走者は「なすの253号」。久々に乗りたいと思っていたので強引に旅程にいれたのですが、11月に入ったら定期運用が無くなるという噂がたち始めたのが気がかりではあります。

那須塩原を過ぎたらがらがらになったので車内観察
それほど古さは感じさせませんが、さすがに公衆電話はあまり使う人もいないでしょうね…

終点の郡山まで乗車しました
E5系の増結車として連結されているので今の状況では正直それほど必要性はないかも…

後続の「つばさ」で一路山形へ
福島から先の車窓の移り変わりは何度見ても目を奪われますね~

目的地は高畠ですが、停まる「つばさ」がないので米沢で下車
30分ほどの間があったので昼食をとったり米坂線などを見たりしていたら…

平日は運転のないはずの「とれいゆつばさ」が入線Σ(・□・;)

11:21発下り「つばさ」と交換して福島方へ発車して行きました。
後で検索したら仙台に向かっていたようですが、なにはともあれラッキーでした♪

普通電車に乗り換えて高畠駅(旧糠ノ目駅←改称したのを少し前まで知りませんでした…)到着
駅の入浴施設のフロントでレンタサイクルを借り、山形交通高畠線の廃線跡をたどります。

高畠線糠ノ目駅跡と思しき所から“まほろばの緑道”という廃線跡利用のサイクリングロードが始まります。

奥羽本線(上画像左端)から徐々に離れていき

東北自動車道をくぐり

橋を渡り
・・・サイクリングロードにしては橋脚が立派なのがいかにも廃線跡の雰囲気ですね

道路を横切り(画像横方向が廃線跡)
・・・石材の産地だけあってセンターラインが石でできている道も一本ありました。

やがてプラットホームらしき遺構を発見!
竹ノ森停留所の跡と思われます。

そしてさらに進むと、
石造りの荘厳な高畠駅舎が威容を誇っています。

そしてその脇には
かつての高畠線の車両が3両、しっかりと保存されています。

モハ1
1929年の開業時から活躍した、ちょっと頼りない感じの小型電車です。

窓越しに見る車内もしっかりしていそうです

ワム201
実際このように電車や機関車を織り交ぜた混合列車がしばしば運転されていたようです。

そして東急(→上毛)デキ3021の兄弟機ということで有名なED1
東急電車ファンとしてはこれを一目見てみたかったんです!

狭いキャブの中は少々荒れているようです
とはいえ1974年の廃線から45年余り経っていることを考えれば奇跡的ともいえる良い状態。やはり屋根付きなのは大きいのでしょうね。

公園のはずれにあった建物はかつての変電施設?
これも石造りです。

高畠駅跡であるまほろば公園からもう少し先に進み、

橋を渡ります
この屋代川に架かっていた橋梁が1967年に台風被害で流されたことで高畠から先の区間が廃止されたのだとか…

この先サイクリングロードは幹線道路に沿っているのですが高畠線とは違うルートのようです。
もう少し調べたかったのですが時間がないので現高畠駅に引き返しました。
つづく
参考資料:RM Library82 山形交通高畠線・尾花沢線

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