2015年7月13日月曜日

381系パノラマしなの(実車の方!)

 Nゲージではカトーから381系“パノラマしなの”編成が発売になりましたが、ワタシは偶然にもそのプロトタイプとなったP2編成の最終運行(2008年5月6日)を目撃しました。まぁ今回はその自慢です(笑)。

 名鉄瀬戸線大曽根駅で、つりかけの6750系が来ないかとカメラを構えていたら、隣の中央西線に国鉄特急色の電車が見えたので反射的にシャッターを切ったらその381系だったんです。↓
完全にノーマークだったうえ、その撮影ポジションには誰もいなかったので珍しいモノが撮れたとは思ったものの、その時は最終運行とは気が付きませんでした。その翌日には早々と浜松工場に廃回されたそうです。

 月日は流れ、
リニア・鉄道館で展示保存されたクハ381-1と、、、
クロ381-11(左)
このJR東海ならでの床下グレー仕上げはワタシ的には嫌いではないです。

末期の状態を再現した今回のカトー製品には大いに心を揺さぶられましたが後に流電なんかが控えているので断腸の思いでスルーしました。買ったらシングルアームパンタに載せ替えたいとか妄想だけは膨らみましたが(汗)。。。
↑↑↑
1990年末に中央線でよく編成中のモハ380の2基のうち1つ(=編成内では2基)がシングルアームパンタに変わっている編成を見かけたので、試作振り子台車のテスト車以外にも複数居たようです…とネタを提供して模型を買いたい気持ちを我慢するのでした。

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2015年7月9日木曜日

【元SET】さよなら“ゆとり”

 ネット情報によると、欧風客車「サロンエクスプレス東京(略してSET)」改めお座敷客車「ゆとり」の最後の現存車であったスロフ14×2両がとうとう昨日ドナドナされたようです。
ということで、取り急ぎ現役時代のミニ特集をばアップいたします。

 まずはサロンエクスプレス東京時代から、、、
平成3年(1991)3月3日、夕方の品川で発車を待つEF58 61牽引のブライダルトレイン。
ちなみにイゴマル率いる「ドラマチック山口」(ドラマチック山口with EF58 150(1991)参照)が浜松町で展示された同じ日です。時々そういうこともある時代でした。
ロクイチが半ば専用機の様な存在であったこともあってこのフィーバーぶりです。

時代が下って「ゆとり」末期の頃
平成20年1月27日 東十条
逆光でちょっと暗めですが、確か「みなかみ号」あたりだった…かな?
直流一般色に戻ったばかりのEF60 19牽引でした。

同年3月10日 五反田
さよなら運転翌日のシナオク回送

 引退後も長いこと尾久客車区で両端展望車が保管されていたので何らかの保存がなされるのではないかと期待していましたが、長野工場に取り込まれたようなので予断を許しません。

 デビュー当時、ワタシはこの客車のデビューを伝えるNHKの朝のニュースでの報道で空撮画像を見た覚えがかすかにあります。日本では珍しかった本格的な密閉式展望構造と欧風客車として、そして何よりジョイフルトレインの嚆矢として注目を集めた存在でしたが、とにかく「お疲れさま」と言ってやりたい気持ちです。

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2015年7月7日火曜日

おおいがわ 1991冬

金谷駅にはSL動態保存20周年記念としてB6=2109号機が展示されていました。
その後日本工業大学に引き取られるわけです。

モハ6011「しらさぎ」に乗車して、家山駅でSL急行の交換待ち

千頭に着きました。
隅には元西武の「おとぎ電車」がなぜか放置プレー中。

・・・下車して付近で一泊した翌日、千頭~崎平間で列車の撮影をしました。
上りのモハ311+クハ511
いや~ 渋い光景です。

大井川を渡ってきたモハ6011+クハ6061

そして本命の下りSL急行
C11 227の先導でやってきました。

千頭駅構内も見所はたくさんありまして、、、
発車を待つ井川線
この頃にはアプト線が開業していてクハ600が先頭です。

納涼電車クハ861
この時点でもう走っていなかったのか、所々サビが浮いてしまっています。

側線の奥の方にはモハ1035と3000系SSE車が押し込まれています。
SSEはもうちょっと有効に走らせてもらいたかったのですが、このまま引退してしまいました。

待機中のE103と小型SLたち

前回の訪問では乗らなかったSL急行に乗って帰途に就きました。
逆向きC11牽引の「かわね路」号。オハフ33 2215のテールマークは塗りつぶされています。
当日の編成はC11 227+マイテ821+ナロ802+オハ35 459+オハ35 2022+オハフ33 2215のオール茶色編成。

千頭駅舎
このひなびたロケーションを走る普段着姿のSLと吊り掛け電車たちにすっかり魅了されたのでした。

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2015年7月1日水曜日

【東京急行】長津田工場の入換え車


平成12年(2000)2月頃
デキ3021
昭和末期にゼブラ模様が無くなり黒一色になりました。

この日はちょうど東横線所属であった1012F(4連)が池上線への転属工事のため入場したため
デキが入換えていました。
(踏切から撮影)

こどもの国線は恩田駅の開業直前で、営業運転を始めたばかりのY000系が通過していきます。

 この日はそれまで長津田検車区に保存されていたデハ5001と5201が工場に移動したという情報をネットで見たので様子を見に行ったのでした。5001が五体満足な状態であった最期の姿でもあります。。。

それと連結されていたデワ3043(←デハ3498)
独特な色です。



ここからは平成12年12月頃撮影
晴れて開業した恩田駅ホームから
青大将カラーのED30 1
伊豆急時代、茶色い姿で伊豆高原の下田方引上げ線に停まっていたのをかすかに見覚えがあります。

再びデワ3043
この反対側真ん中の客扉は拡張されていたそうですが、確認できないうちに解体されてしまいました(泣)。

この車の先代牽引車であるデハ3604もワタシはこどもの国線の車窓から見た覚えがありまして、 かっっさかさな青カビのような色の車体が印象的な存在でした(さすがに写真は撮っていません)。

この3両も思えばずいぶん長命でしたが。特にデワが解体されたことを知った時は落ち込んだものです。


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2015年6月29日月曜日

ワールド工芸:川崎20t電機を東急仕様で

  • 「さいたま鉄道模型フェスタ」でおかいもので目星を付けていたこのワールド工芸社プラシリーズの「川崎20t機」、お店で見つけてもちろん即お買い上げさせていただきました。モデルはいくつかありますが、東急贔屓のワタシはもちろん東急デキ3021号機で行きます。

組み立て前に、、、
キットの内容と動力はこんな感じ。だいたい「東芝45t電機」のとき(参照)と同じような構成です。
モデルの違いでしょうがこちらの方がボンネット上の表現にメリハリがある印象。
 モールドされているヘッドライトを一方だけ削り取り、東急らしくボンネットにシールドビーム灯の穴を開けてから組みました。


 もともと黒色モールドではありますが車体には改めて黒を、屋根は灰色9号を吹いた後、窓枠にタミヤエナメルカラーのフラットホワイトで色さし。削ったヘッドライト部分に銀河モデルのN-011を、穴空けしたボンネットにN-017シールドビーム、モールドのテールライトの上からN-041 標識灯円板を取り付けました。

・・・で、そのまま組み立てればほぼ現在の大胡仕様(上毛電鉄大胡列車区プライベート?見学会もご覧下さい)になるのですが、ひねくれ者の私がどーしても再現したかったのが1970~80年代のゼブラ模様が全周に回っている姿。こどもの国に行く途中の車窓で必ず見かけた思い入れのある姿ですので細切りにしたkitcheNの警戒帯デカールを貼ってみました。

 貼りつける前に側面下部のリブは不要なことに気がついたのでそれをカッターで削ってペーパー掛けし、側面に張り付けるとついつい「あぁ~、この姿なんだよな~」とつぶやきそうになりました。

 例によって光沢クリアーを吹いて窓ガラスを貼り、屋根に伊豆急ペールブルーを吹いたGMのPT-43を乗せて説明書通りに組みました(1.7mmタップは必須!!)。

 白いナンバーは持ち合わせから宮沢模型の秩父鉄道貨車用のインレタを転写しました。20年近く前のものでしたがワタシのものは問題なく転写できました。
↑貨車との連結面のカプラーは製品のものそのまま
ちょっと間隔が広すぎるので工夫の余地がありそう。。。

資料をあさっていたら側面におそろいのゼブラ模様を通した無蓋車=ト3070型を2両ひきつれている写真があり(トはおそらく元住吉工場時代の控車)、なんだかとてもかわいらしく思えたのでタネ車を探したところ、運よく手持ちの鉄コレ第一弾の“ト1”が形態的に似ていたので一緒に警戒色帯を貼りつけ、荷台に余った車輪を乗せておきました。

いやぁー かわらしいマスコットをモノにしました♡


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2015年6月23日火曜日

JR:東北エリア‘89

↑奥羽本線大釈迦あたりの車窓からみた岩木山

夏至が過ぎて晴れると夏本番を思わせる暑さの今日この頃。そんなわけで暑い思いをした思い出の写真です。当時は停まっている車両も満足に取れない程度の腕しかなかったのでブレブレの写真ばかりですがご容赦を…

 1989年(平1)8月、北の電車博物館 弘南鉄道(1989)の青森遠征は青春18きっぷを使ったことから必然的に多くの鈍行列車に乗りまして、今回はその道中に撮った写真です。

複々線区間とか乗り通してみたかったので出だしは常磐線。
水戸まで乗った415系1500番台(編成はこの投稿最下段を見てください)。よく見ると側面方向幕使用前なのでサボを差しています。

水戸から水郡線に乗り換えて郡山に到着。↑は乗って来たキハ45 3ほかは水郡色
非冷房なので走行中に車掌さんが空席部の窓を上段も下段も開け放って換気しており、そこから人が落ちるんじゃないかとビビりました。

郡山から福島まで乗ったのは“ひょうきん電車”こと715系
先頭は切妻のクハ715-1115

最後尾はクハ715-1015
急行型電車好きのワタシは455系辺りをひそかに期待していたのですが来たのはこれでした😓
そして福島から奥羽本線に乗り換え。画像はないですがオハフ50形2両にED78+EF71の重連が先頭に立つ2M2Tの強力編成で4駅連続スイッチバックの板谷峠を越え、峠越えが一段落した米沢に着くと機関車がいったん客車から離れて側線に留置されていたオハフ50を1両増結。客車3両で山形を目指しますがワタシは赤湯で下車して親戚宅に1泊。

2日目は赤湯から奥羽本線を何度か乗り継いでひたすら北上しますが、乗る列車はことごとく50系のレッドトレイン。炎天下の非冷房車の旅はさすがに体にこたえました。
秋田から大館までは鈍行だけではどうしても乗り継ぎがうまくいかず課金して485系特急「たざわ」を利用
大館(?)で撮ったその485系「たざわ」。思えば485系に乗ったのはこの時が初めてでした。
大館からまたもレッドトレインに揺られて大鰐着。駅近くの旅館に投宿しました。

3日目は弘南鉄道を堪能(北の電車博物館 弘南鉄道【1989】参照)したあと弘前から青森へで移動。この時の客レがこの旅初めて50系ではなく12系1000番台。車両に冷房が効いていることがこの時ほどありがたく感じたことはありませんでした。
青森で下車後ビジネスホテルに宿泊

4日目は青森駅からスタート
当時の青森駅舎
広告一つ一つもなかなか興味深いです

跨線橋から眺めた青函連絡船発着場跡

停車中の583系「ゆうづる」と485系「はつかり」

予定ではここでも課金して右の485系はつかりに乗車する予定でしたが、ちょうど続行で583系の臨時はつかりがあったのでそちらに乗車。
乗った583系はつかりの隣のボックスに乗っていらした老夫婦に座席に内蔵された小テーブルの出し方をレクチャー(←ワタシもやり方知っていたわけではなくその前に試行錯誤して出し方を理解したもので、たしか3/4回転させて天面を出すタイプでした)したことをきっかけに話が弾み、なんとその老夫婦はワタシの地元のすぐそばの洗足池に以前住んでいたということを聞いて大変驚いたものでした。
三沢でその583系を降りて発車を見送ります
当時まだ貨物ホームが機能しており、画面右にはワムハチが停まっていました。

三沢に来たのはもちろん十和田観光電鉄が目当てでしたが、直前に乗車列車を臨時便のはつかり号に変えたことで旅程が崩れ、七百まで往復乗車できるはずができなくなったので停車中のモハ3401を一枚撮っただけで引き返す羽目に。。。
・・・ところがそれも時間を1時間読み間違っていて、実際は少しなら乗車できるだけの時間はあったのでした。
そんなヘマにへこみながら普通列車(非冷房のキハ58系盛岡色2両₎に乗り、青森で乗り換えて弘前に戻ってまたビジネスホテルで1泊。

5日目、まず弘前から大館行きの鈍行で移動するのですが、ホームに停まっていたのはキハ22 339の1両だけの気動車。本線と名の付く奥羽本線で1両だけの列車というのにも驚きですが、極寒地仕様のため床が板張りなことも新鮮でした。
大館に到着
701系投入前は弘前にも北海道型キハ22の配置があったものです。

羽越本線 酒田(?)
このあともひたすら50系ばっかり。結局村上で快速ムーンライトに乗り換えるまで冷房車には全然当たらず。。。
当時冷房のある12系2000番台の列車は東北本線でいくらか見かけた程度でした。

この頃は18きっぷユーザーにとって普通車乗り継ぎ旅は熱中症の危険もあるので、大げさに言えば命がけでした。
そんな暑くて非常にしんどい思いをしつつ、美しい田園風景をボーっと眺めた汽車旅も今となっては懐かしい中一の夏の初めての一人旅の思い出です。

ちなみに快速ムーンライトで新宿に降り立った後、青春18きっぷがほぼ1日分残っていたので上野経由で高崎に移動(この間爆睡)。
高崎から↑の165系新前橋車(S55編成)による田中行き臨時普通電車「軽井沢リレー号」を利用して上田に向かって上田交通別所線初乗り(【ちょっと昔の地方私鉄】上田交通の5000系)に向かうのでした。
若かったとはいえとんでもない強行軍をしたものです💧


  ~おまけ~
この頃からしばらくはいつか模型作りに役立つかもしれないと思って乗車列車の車番をメモしていたので披露いたします。

 〇上野→水戸間乗車 常磐線中距離電車:
クハ411-1623+モハ414-1523+モハ415-1523+クハ411-1523
+クハ411-1624+モハ414-1524+モハ415-1524+クハ411-1524
+クハ411-621+モハ414-521-+モハ415-521+サハ411-4+モハ414-128+モハ415-128+クハ411-521(鋼製車は白に青帯の新塗装)
 ※クハ411-1624以下11両は土浦(?)で切り離し、前4両のみ勝田行き

 〇水戸→郡山間乗車 水郡線普通列車:
キハ45 9+キハ45 3+キハ40 2023(全車水郡色) ※先頭のキハ45 9は常陸大子止まり

 〇郡山→福島間乗車 東北本線普通電車:
クハ715-1015+モハ714-1015+モハ715-1015+クハ715-1115

 〇福島→赤湯間乗車 奥羽本線普通客レ:
EF71+ED78+オハフ50 2362+オハフ50 2460
 ※米沢から機関車次位にオハフ50をもう1両増結

 〇秋田→大館間乗車 特急たざわ:
クモハ485-1006+モハ484-1079+モハ485-1008+モハ484-1008+クロハ481-?

 〇弘前→青森間乗車 普通客レ:
ED75+オハフ13 2011+オハ12 2002+オハフ13 2003
 ※12系2000番台は機関車から電源を供給されるためスハフは存在しません

 〇青森→三沢間乗車 臨時特急はつかり:
クハネ583-14+モハネ582-27+モハネ583-27ほか

 その他見たまま情報として、
奥羽本線庭坂~板谷間ですれ違った客レはED78+EF71+マヤ34(青色)+50系客車3両ほど、
羽越本線ですれ違った客レもEF81+50系客車3~4両+マヤ34(青色)
といった感じで高速軌道検測車が併結されていました

※2024年6月21日 修復画像に差替え・大幅加筆

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