2025年6月10日火曜日

弘南風ミニレイアウト2~着手から緑化~【N】

前回の、
津軽大沢駅ペーパーキットからのレイアウトプランでプランが決まったのでレールを固定します。しかしトミックスの道床付きレールとフレキシブルレールではレール踏面の高さが異なる問題があります。
はじめフレキにカトーのコルク道床を敷いてみたのですが、それではユニトラックの高さになるので高すぎてトミックスレールと合いません。そこで100均に行って使える物が無いが探してみたら、A4サイズ・1㎜厚のコルクシートを発見! 購入してカッターで細かく切ってフレキの下に敷きカトーの13㎜釘で固定。
あとでバラストをまくので少しくらい隙間が空いていてもOKです。

その前にイモンのレールカッティングニッパーでフレキをカットしておいたのですが、フレキを本格的にレイアウトに使ったのが初めてと言うこともあってカーブにあてがうとどうしても内側と外側のレールの長さが1㎜前後違ってしまうことがたびたび起こり、はじめてのフレキでのカーブ敷設ということもあって思いのほか微調整に手こずりました。

さて、固定したレールはエアブラシでまず一回タミヤエナメルのレッドブラウンを吹いて金属光沢を隠し、PC枕木部分のみ薄め液を含ませた綿棒で拭い取って茶色くなりすぎるのを防ぎます。
余分なコルクをカッターナイフでカット
いったんふき取り。枕木がいい感じの色になるでしょ?
その後にバラスト(モーリンの幹線用)を散布

線路以外に田んぼのあぜ道や、建物を配置する付近などのちょっとした盛り土の箇所などもコルクシートを切り出した物を両面テープで仮止めし、ネットで知った園芸用の草木灰と水と木工用ボンド(少し水気を含んでいるのでトミックスのシーナリィボンドを愛用しています)をこねて塗るという技法を試してみました。
灰色だった灰が…
乾くと真っ黒になったのでカトーのリオラマリキッドカラーのマッドブラウンをはけ塗りして色味を調整
それも乾いたらミニネイチャーやカトーのフォーリッジ、プランツシートなどを細かくちぎった物をボンド布用クリア、シーナリィボンド等で接着して緑化

神社の境内の背の高い杉は、実際の木の枝(近所の神社から採取してきました)にプランツシートを巻き付けたものにつや消しクリアを吹いて立て、

また参道など未舗装部分は緑化せず会津バラストやモーリンの幹線用バラストなどをぱらぱらっとまきました。

あぜ道は実景観察の結果軽トラのわだちの箇所が草の生え方が弱いので、意識して生え方の強弱を付け、あとでバラスト糊をまいて枯れ草色の草はらをまばらにまいて仕上げます。
田んぼはやはり100均で見つけたグリーンの多目的マットをカッターで裏から切ってちょうどいい寸法に仕上げました

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2025年6月1日日曜日

津軽大沢駅ペーパーキットからのレイアウトプラン【N】

 レイアウトの製作活動が一段落したので、少しはブログにアップしていこうと思います。

今年1月にあまぎモデリングイデアのペーパー製駅舎キットシリーズの新製品として津軽大沢駅が発売されました。
ワタシにとって同駅は初めての青春18きっぷ一人旅で到達した地ということで思い入れが深かったので、それこそ「なんちゅうもんを出してくれたんや…(by美味しんぼ)」という思いで購入を即決!
そしてさっそく組みました。
コニシの布用クリア接着剤で説明書通り組み立てただけで、塗装も基礎部分をグレーゾーンで塗っただけでこの出来です。

画像ではまだ窓ガラスが入っていませんが、夏をイメージして何カ所か窓枠をカットして窓が開いている状態にしてみました。
なお裏側の一部の窓は工程をミスりまして、組んでから窓を入れようと思ったら奥まってしまい一部の窓にガラスを入れられなくなってしまいました😓

それはさておき、この駅舎を組みながらどう活かすか考えていたのですが、ちょっと面白いミニレイアウトの構想を思いつきました。
↑構想メモ

合わせてストラクチャーをそろえます
東京ジオラマファクトリーの戸建住宅O

グリーンマックスの神社
GMクラフトマニュアルという30年ばかり前の指南書の付録として入っていたペーパー素材で、いつか使おうと思ってずーっと保管していた物をようやく組み立てました。
柱と縁側の脚は細い木材から、開いていない入口はくりぬいてIORI工房の引き戸パーツに置き換えました。

その他さんけいの駐輪場や自販機と、甲府モデルの保守用車車庫とペーパーキットを揃えて組み立てました。
ペーパーキットばかりになったのは深い意味が無くて、ジオコレに頼るよりシャープな印象になるようにしたい…という狙いからです。

画材の通販サイトでA2とA3サイズのボードを購入。それをつないで895×420の寸法でレイアウト作成に入ります。
配置はこんな感じに決めました。ポイントは省スペースで済むトミックスのミニポイント、外周カーブは曲線半径に自由が利くカトーのフレキシブルレール。ホーム有効長確保のため上下交換駅の分岐をカーブを挟んだ反対側に持っていき、その複線状になった部分の外側は一部非電化の単線併走に見立てるため木枕木のフレキにします。

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シュプール蔵王号乗車の記録【1992】

ちょうどピクトリアル誌の最新号が583系特集ですので、同系にまつわる思い出をひとつ。

スキーブーム真っ只中だった1992年(平4)3月、親戚一同で山形在住の親類を訪ねがてら蔵王にスキーに行こうという話になり、各自車で向かう事になりました。
ところが当時中学生だったワタシはどうしても電車で行きたいと駄々をこねました。
↑今にして思うと恥ずかしい話です…
その話を聞いた伯父(鉄ではない人)が「いいよ付き合うよ」と言ってくれ、切符の手配も任せてもらえたので嬉々としてシュプール号の指定を2人分取ってきたのでした。

当時のシュプール号は格安な代わりに降車駅からのスキーバスのチケットとともに往復でまとめて買わなくてはならないルールでしたので、純粋な鉄道旅行には向かないシロモノでして、乗り鉄の方で乗ったという話は案外聞きません。
そんななかうまいことやった(笑)ワタシは新宿で叔父と落ち合って583系のシュプール蔵王号の最後尾車=クハネ583-15に乗り込みました。
その新宿で停車中の3/26発「シュプール蔵王」
クハネ583-15

確か3段寝台のうちの中段だったと思いますが、自分のベッドで横になり、翌朝仙山線内のどこか知らない雪景色の小駅で運転停車しているのをのぞき窓から見たことを覚えています。

↑蔵王ロープウェイの駅で押したスタンプ。頂上付近では名物の樹氷を見れました

旅程は1泊目(車中泊を除く)が山形蔵王、2泊目が白石蔵王側の遠刈田(とおがった)温泉で、その間は車で移動。遠刈田に着いたときまた別の伯父が「いやぁ~ とおかった とおかった」とつぶやいたのが印象に残っていますが😓 、それはさておき帰りは仙台まで送ってもらって行きと同じ叔父に同行してもらってシュプール号に乗るためだけに(列車の性格上仙台からの乗車は認められていなかったのです)山形駅にトンボ返り。

その時乗った仙山線は、
クモハ457-11+モハ456-11+クハ455-402(3両ともグリーンライナー色)
だったというメモはありますが、あいにく写真を撮っていません。
クハなんぞそこそこの珍車だったのにちょっと残念。。。

山形からは“リゾートエクスプレスゆう”使用の「シュプールゆう蔵王」を狙って指定を取ってあったのです。
山形停車中に撮った先頭車クロ484-2の運転台

中間のサロ485-1、窓のある部分に座席があってその下はフリースペースでした

ほとんど運転台後ろのフリースペースに座って黙って進行方向を見ていながら、終点の上野にはその日の夜に到着。
上野で降車後に撮った同編成

伯父もよくもまぁ興味ないであろう強行軍に付き合ってもらえたもので、そのおかげで後にも先にもこのとき限りのシュプール号乗車という貴重な体験をできたので感謝しかありません。

その伯父は10年近く前に天寿を全うしました。
もしワタシの息子か誰かが将来似たようなことを言い出したら、黙って付き合ってあげることがささやかな伯父への恩返しになるかなぁ…

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2025年5月26日月曜日

【ブラちどり】せたがや・砧線跡を歩く

 かつて東急には渋谷から二子玉川までの“玉川線”という路面電車があって、その二子玉川から脇にそれる砧(きぬた)線という支線もあった…という史実はいくつもの書籍で紹介されていえ有名な話ですが、恥ずかしながらつい最近までその砧線のルートを把握できていませんでした。
それが昨年たまたま付近で路線バスに乗ったときに廃線跡らしきカーブを見かけたことをきっかけにようやく確認できたので、時間を作って歩いてみました。

二子玉川から東急バスで砧本村にまず移動。往復でルートが異なるので、行きにバスを利用するとだいたい砧線跡をトレースする様です。
砧本村バス停全景
時間調整することもある主要バス停で、バスは右から来て一回転して停まり、左方向に抜けていきます。
画面右手に見えるバス待合所はつい数年前まで電停の屋根を移築した物が建っていたのですが、今は新しい建物に建て替えられました。

乗ってきたバスのルートをさかのぼります
右手に砧下浄水場を見つつ進み、二又の道を左へ
少し行くと鎌田町南睦会会館(町内会の集会場?)があり
敷地に三角柱のトラスが建っているのを発見!
電車の架線柱かも!? と思いましたが、ざっと現役時代の画像を検索すると写っているのは木製ポールばかりなので、結局砧線と関連があるかどうかは不明です。
さらに進むと先ほど二又に分かれた道と合流
ちょうど砧本村に向かうバスが通って行きました(画像奥が砧本村方)
鉄道跡らしいゆるいカーブが続き
三角公園というバス停名にもなっている公園が左にあります
この付近に戦前に2年だけあったという砧線の幻の駅=伊勢宮河原駅があって旅客と砂利を扱っていたそうです(ソースは後述します)
その先でさらに左にカーブして野川に架かる吉沢橋を渡ります
橋自体は近年架け替えられたらしき今風の橋梁ですが軌道時代からあった様です。
川を見たらアオサギ(?)が1羽いました
橋を渡りきると吉沢バス停←発音はよしざわの“し”にアクセントがつくらしい
砧線時代の吉沢電停もこの辺りだったそうです
その先の吉沢橋交差点で多摩堤通りと交差
軌道跡はここから道路から離れて一本裏の道につづきます
この画像の遊歩道(花みず木通り)のカーブに気が付いたのが今回の探索のきっかけだったのでした
この遊歩道は両サイドが歩道で中央が自転車道(街路樹をはさんで方向別に分かれる)というちょっと不思議な区分
カーブから直線になり
途中のファミリーマートの前辺りにはレールを使ったガードレールもありました。

で、そのファミマ辺りから表通り(中吉通り)に出て少し逆戻りすると玉電と郷土の歴史館(旧大勝庵)があるので、せっかくですから入ってみました。

こちらには世田谷線(書くまでもないですが玉川線系統のうちの生き残った路線)で1999年まで活躍したデハ71号車の運転台部分が展示されています。
前面は見えない置かれ方です

入らせていただきました

背面には小さな腰かけ。それまでたって運転していましたが晩年に設置された設備
ワタシの学生時代に通学で乗り、よく運転台を眺めていたので懐かしく感じます。

館長の大塚様に話を伺うと、
  • 経営していた蕎麦屋で、もともと趣味でレトログッズの収集をしていた
  • あるとき電鉄社員からこの運転台を引き取らないかと聞かれ、店にちょうど入る大きさだったので運命だと思ってOKした
  • それ以降 運転台が呼び水となって鉄道廃品が方々から寄贈されてこの規模になった
  • 蕎麦屋はたたみ、ミュージアム1本に絞っている
  • こうして愛好家が訪ねて来てくれるのが何より嬉しい
  • 足が弱ってしまい、待合所が新しくなった砧本村を見に行くこともまだできていない
  • 役所は区民の苦情があるとすぐ古い物を壊してしまう。砧本村の上屋も吉沢付近にあった東急マーク付きの境界石も少し前まで残っていたのに…
といった話を聞かせていただきました。
お話通りお宝鉄道部品と

レトロなコレクション
さらに手製の廃線跡マップも頂いたので、幻の伊勢宮河原駅についても特定できた訳です。

店先に飾ってあるパンタグラフも紛れもなくデハ71のものだそうです

歴史館を辞してさらに二子玉川方に向かいます。
中耕地電停跡に建つ石碑

あとは特に痕跡はなく二子玉川のビル群に消えてしまいます。

わずか2.2㎞の短い廃線跡ですが、廃止から50年以上経過しているにしては満足いく成果でした。皆さまもぜひ足を運んで見てください。
特に資料館は来訪すると館長さまに喜ばれます(笑)。

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